てやん亭゛・ごりょんさん・ジョウモン・ミートマン・バードマン・oh 釜 bar・クシヤキ肉男・クシヤキCANの株式会社ベイシックス オフィシャルサイト

第二章 個人商店から法人設立へ

2016.5.30 BASICSヒストリー

西荻窪の店で学んだ事は
今の私の居酒屋人生において大変な財産となりました。

立地は繁華街の外れ
それも雑居ビルの地下と言う事で
とにかく御客様が全く来ませんでした。

どうしたら御客様が来てくれるのだろうか?
小さなお店だから出来る事
他所のお店にないものって何だろうか?

と、そういう事ばかり考えてました。。。

考えるには十分過ぎるほど店は暇でしたから(笑)

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考えて
考えて
考えながらも
店で呑んでました(笑)

そんな私にも転機が訪れます。

当初は一人でお店を切り盛りしたり
日替わりで友達や母親に手伝って貰っていましたが
正社員を雇うことになったのです。

以前勤めていた居酒屋で一緒に働いていた吉田広二と言う若者でした。

人を雇うこと…

それはそれはもう衝撃で
全てが180度変わりました。

今迄、仕入れから仕込み
営業から閉店まで全てを一人で切り盛りしていた僕には
全てに役割分担が出来て
今迄の半分の時間で仕事が進む(^^;;

例えば
自分がレジを締めている時に
ゴミ捨てをしてくれる

もうこれだけで感動(笑)

人を雇うことの有り難さ
人を雇うことの大切さを見に染みて感じた時でした。

そして月日が経ち
もう一人雇うことになったのです

彼も以前働いていた居酒屋の後輩の志小田亨です.

ところがその彼には半年入社を待ってもらいました。

理由はもう一人雇う余裕が無かったからです

単刀直入な言い方をすれば
三人でやる程の売上がなかった、、、

その時の僕は
ひたすら彼に謝り
今は二人で頑張って店を盛り上げ
半年後には必ず迎え入れるから

と、硬い約束をしたのです。

そして半年後の9月

僕は約束どおり志小田を迎え入れました。

こうして
今もなお語り継がれる?
黄金の創業メンバーが誕生したのです。

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シコタコージとの三人体制がスタート。

そして法人を設立!!!

社名は『BASICS』(ベイシックス)と命名。

その想いは
商売人たる者
商売の『基本』を忘れるべからず。

商売には幾つもの基本がある

だから基本の複数形
つまり『ベイシック』では無くて『ベイシックス』と命名致しました。。。

1995年『株式会社ベイシックス』設立。

が、相変わらずお店は暇でした。。。

そこには僕ら三人の勘違い

どうしたら御客様が来てくれるの?

何で御客様が来てくれないの?

この考え方を根底から変える事から始まった。

御客様に来てもらう事ばかり考えてないで

御客様に喜んで帰ってもらおう!!!

たった一人の御客様でも良い

そのたった一人御客様に
とことん喜んで帰ってもらおう

そう心から思って日々の営業に努めました。

仕事を終えた僕ら三人は
毎晩西荻窪で飲み明かしました

その中の一軒のお店に僕ら三人はハマりました。

そのハマった理由が
焼酎の生グレープフルーツ割でした。

これが衝撃的に美味しくて美味しくて
いつも通って呑んでました

が、ある時やっと気付きました

「この生グレープフルーツ割、ウチの店でもやろよ」

俺たちがやんなきゃダメだろ?みたいな…

断っておきますが
今では当たり前の焼酎の生グレープフルーツ割りですが
今から20年前の当時は
そんなの出してる店なんて
ありゃしませんでした(^^;;

翌日合羽橋に生グレープフルーツ絞り機を購入

早速店のメニューに取り入れました。。。

すると
御客様の反応はすこぶる良かった

そしてその事が大きなきっかけとなり
僕は三人は「あれもやろうこれもやろう」と色々な事をやる様になりました、

シコタに至っては
豆腐を湯葉に巻いて
タレで焼き
それを穴子に見せかける『精進料理』までやった事もありました(笑)

が、又これも御客様に大ウケ(^^;;

『自分たちが楽しめば御客様も楽しんでくれるんだ』

僕ら三人はやっとそこに気が付き始めたのです。

やがて西荻窪の店は大化けしました

わずか9坪のお店で
コンスタントに月商400万以上を売上る店に成長していたのです。

丁度その頃
私自身にとんでもない出来事が起こってしまうのです。

つづく。

 

■ベイシックスヒストリー

第一章 居酒屋 勝手口てやん亭゛

2016/5/30 12:37 BASICSヒストリー